河井 寛次郎の作品を出張買取致します。

[記事公開日]2017/02/21
[最終更新日]2017/06/01

あい古物買取サービスでは、陶芸作家、河井寛次郎の陶芸作品、彫刻作品を出張買取しています。


河井 寛次郎(かわい かんじろう)は明治生まれ、大正から昭和にかけて活躍した日本を代表する陶芸作家。柳 宗悦、濱田庄司、らと共に民藝運動の中心的役割を担った。(1890〜1966)

陶芸作品以外にも彫刻やデザイン、書、執筆の分野でも多くの作品を残した。

京都東山五条坂にあった自宅兼工房は現在、河井寛次郎記念館として住居と共に残された作品が一般公開されています。

河井寛次郎記念館 http://www.kanjiro.jp


河井寛次郎、略歴

西暦1890年(明治23年)8月24日島根県安来町(現在の安来市)で大工を生業とする、河井大三郎、ユキの次男として生まれる。松江中学校在学中に陶芸家としての道を志す。

西暦1910年(明治43年)東京高等工業学校(現東京工業大学)窯業科に入学。陶芸家の板谷波山の指導を受けた。

西暦1912年(大正1年) 22歳の時、来日中の陶芸作家バーナード・リーチの新作展を見て感動し、後日リーチを訪問した。

西暦1914年(大正  3年)京都陶磁器試験所に入所。東京高等工業学校の後輩、濱田庄司と共に一万種を超える釉薬の研究、中国陶磁など過去の陶磁の再現や研究を行った。

西暦1917年(大正6年)京都陶磁器試験所を退職し、五代目清水六兵衛の顧問となる。同時期に浜田庄司とともに沖縄、
九州の諸窯を訪問する。

西暦1919年 29歳の時に浜田庄司とともに朝鮮、満州を訪れ各地の窯や民芸に触れる旅をした。

西暦1920年(大正 9年)現在の河井寛次郎記念館がある場所(東山五条坂)に住居と窯を持ち独立「鐘渓窯」と名付け作品制作を開始。同年つねと結婚。西暦1924年(大正13年)に娘、須也子をもうける。

西暦1921年(大正10)大阪と東京にある高島屋で『創作陶磁展』を開催。初期作品は主に中国や朝鮮の古陶磁を範とした作品を制作。長年の研究の末に完成された超絶技巧の華やかな作品は新人にして名人と讃えられ大きな注目を集めた。

西暦1926年(大正15年)柳宗悦、浜田庄司らと共に『日本民芸美術館設立趣意書』を発表する。日常的な暮らしの中で使われてきた手仕事の日用品の中に「用の美」を見出し、活用する日本独自の運動『民藝運動』に深く関わるようになる。

西暦1927年(昭和2年)柳 宗悦、富本憲吉、浜田庄司、バーナード・リーチ、黒田辰秋らとともに『上賀茂民芸協団』創立する。

西暦1929年(昭和4年)久しぶりに開催された高島屋の『創作陶磁展』では今までの”古典”から”日用の器”に路線を変え作品を発表。この時期以降、寛次郎は作家としての銘を作品に入れないようになった。同年、イギリス・ロンドンにあるボオ・ザアル・ギャラリーにて個展開催。

西暦1930年(昭和5年)40歳の時、大阪美術倶楽部で『河井寛次郎作陶10年記念回顧展』を開催。

西暦1931年(昭和6年)アメリカ・ニューヨークで個展開催。翌年、イギリス・ロンドンで個展開催。

西暦1934年(昭和9年)陶芸作家バーナード・リーチ来日時に寛次郎の工房、鐘渓窯にて共に制作。

西暦1936年(昭和12年)『河井寛次郎陶硯百選展』を開催。同年、柳宗悦、浜田庄司と朝鮮、中国を訪れ各地の民芸に触れる旅をする。同年、東京都駒場の『日本民芸館』が開館。

西暦1937年(昭和12年)室戸台風で損壊した自宅兼工房(窯)を自らが設計し改築。この改築された工房が現在の河井寛次郎記念館になっている。同年『鉄辰砂草花図壷』がパリ万国博覧会でグランプリを受賞した。

第二次世界大戦後から木彫の制作、執筆活動、詞の創作を開始。同時期以降、世界の民芸芸術に関心を深めていく中で自身の作風が変化してゆき、日用の器からシンプルながら大胆奔放な造形へと変化を遂げた。

晩年の陶作品は荒々しく用途にとらわれない大胆な造形の素地に、アクションペインティングのように釉薬を筆で打ち付けた抽象的表現の作品が多く見られる。

西暦1940年(昭和15年)50歳の時、東京、大阪の高島屋にて『河井寛次郎作陶三十周年記念展』を開催。

西暦1947年(昭和22年)自作の詩集『火の願い』を棟方志功板画で制作、発表する。自作陶板『いのちの窓』完成。

西暦1950年(昭和25年)東京、大阪にある高島屋で『河井寛次郎還暦祝賀展』を開催。同年、日本民芸館で『記念特別展』開催。

西暦1953年(昭和28年)著書『火の願い』を朝日新聞社より出版。同年『河井寛次郎作陶四十周年記念展』を開催。

西暦1955年(昭和30年)文化勲章を辞退する。その後は人間国宝、芸術院会員などへの推挙もあったが、いずれも応じる事無く一陶工として独自の陶芸美の世界を切り拓き続け、その創作意欲は生涯枯れる事は無かった。

西暦1957年(昭和32年)『白地草花絵扁壷』が、ミラノ・トリエンナーレ国際工芸展グランプリを受賞。

西暦1961年(昭和36年)大原美術館が陶器館を開設。富本憲吉、バーナード・リーチ、浜田庄司、河井寛次郎の作品が常設される。

西暦1963年(昭和38年)名古屋市にあるオリエンタル中村、岡山天満屋で個展を開催。

西暦1966年(昭和41年)に76歳で永眠。

<一部wikipediaより抜粋>


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