文彭(ブン ポウ、wén péng)は中国、明時代に活躍した書家、篆刻家。西暦1497年~1573年(弘治10年〜万暦元年)。

字は寿承。三橋、漁陽子、三橋居士などと号した。また京国子監博士、北京国子監博士を歴任した為、文国博と称された。長洲(現在の江蘇蘇州)の人。

明代四大家のひとりに数えられる文徴明の長男。弟は書画家の文嘉。書に工みで篆刻に秀でた。若くから家学を授かり、四書体のいずれもが優れていた。初めは鐘繇、王義之を学び、後の懐素に習い、晩年は孫過庭に専心して、自ら一家をなした。篆刻は現在でも最高の規範として人々に尊重されている。